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[2] [シャシーナンバーについて]
最初の日
夏の暑い日だった。紺色の車体に鈍く輝くクロムメッキが、そのときは奇妙なほど目立って見えた。直線的なサイドモールと、やけに丸いテールの造形。彫りの深いグリル周り。なによりも暗く狭苦しく思えるコンパートメントが印象的だった。
佇むスレンダーなボディからは想像しがたい、図太い排気音に身を震わせていたMGBはアイドリングを終え、辺りに静けさが戻った。
『・・・来た』
ドアが開き、そして閉じられた。
「これ、一速はノンシンクロですから。あ、クラッチはあんまり踏まないほうが。それからキャブは・・・」
矢継ぎ早に捲し立てる説明に、おおよそ傾ける耳はない。それより走らせてみたい。みたいが、壊れたらどうする。いくらかかって、誰が治す。屋根を取り外して雨が降ったら、いったいどうなる。
興奮と不安が入り交じる変な感覚に捕らわれつつ、他人様の持ち物のようによそよそしく、しげしげと車体を見入った。頼りなく薄っぺらい鍵を手渡され、初めて、これからこの自動車と暮らすことを思い知った。
シャシーナンバー「G/HN3-13033」
こうして始まったMGB道楽は、七転び八起きの年月を経て、少しずつ生活に馴染んだ。
修理のために分解したり、煤けた部品を取り外したり、また興味本位からフタを開けてみて、いろいろなことが見えてきた。マニュアルやら資料やら、MGBを維持するために漁った書籍などを読み(多くは英語版で、実のところ語学力の貧しさが大きな障害となったが)、ガレージの自動車を調べる日が続いた。
MGBに付けられたいろいろな場所のプレートに刻んであるアルファベットや数字に、どうやら解明のためのヒントが隠されているらしい。そう思いついた想像を元に調べてみると、果たして、奥深いルーツが見えてきたのだった。
MGBはそれ以前、福山にあったという。
同居をはじめたとき既に車体は紺色に塗装され、革巻きのMOMO製ハンドルが付き、壊れたナショナルのラジオが収まっていた。状態の良くないワイヤホイールと、頑丈なハードトップが被せられていた。初期型という以外、たいした情報もなく引き渡されたMGBは、調査を進めていくうちに、希少な原形を保った個体ということがわかってきた。
シャシーナンバー「G/HN3-13033」。
右側に位置するハンドル、車体に付けられたボディナンバー「MGB012763」、ブリーザーを持つロッカーカバー、クランクシャフトのメインベアリングは3箇所。ほかにも直流ダイナモ、アウタープルハンドルなど、どれも原型のまま備わっていた。
そして極めつけの番号が見つかった。
自動車を登録するときに必要な車両型式番号は、多くのラバーバンパーMGBのようにトランクルーム内ではなく、左前輪のホイールアーチ内のフレーム鋼に打刻してある。薄汚れた表面を拭い見ると、そこに「18GB-0028N」と読みとれた。
エンジン番号などと似通って紛らわしい数字は、当初、何とはなく認識していたのだけれど、後になって驚き、反省をするはめになった。それは、かつて日英自動車がウーズレイやミニなどと一緒に英国から僅かな台数のMGBを輸入したとき、登録の際、車両型式の末尾に「N」を付けたというのである。